「ごちそうさまでした」

 てきぱきと自分の食器を揃え配膳台へと運ぶのは意外にもこの館の主、レミリア・スカーレットその人である訳なのであるが、温くなった紅茶を飲み干してはこれまたそわそわと他の面々が食べ終わるのを待ちきれないといった様子で、いや、待つことには変わりはないのだが、ぴくぴくと羽を震わしながらそれを待つのであった。

 美鈴、咲夜、小悪魔、パチュリーとそれぞれが食事を済ませ、最後のフランドールが食器を片したところで、待ちに待ちましたという勢いでレミリアがテーブルにぺちんと叩きつけたのは一部の新聞。
 世間では火口配りと名高い天狗のそれをここ紅魔館でも定期講読しており、なんだかんだで一番楽しみにというのは言い過ぎにしても毎号下らないその記事を楽しみにしているのはそのレミリアな訳なのであるが、今号は何を隠そう彼女らが紅魔館の特集がなされたそれなのである。

 数日前に天狗の申し入れがあり、内容は紅魔館の紹介に過ぎない至極単純な物なのであったのだが、何よりこの館の主、何事にも注目されるのは嫌いじゃない、むしろ乗り気でしかない。勿論その特集の中には主の言葉なんてのも載るわけで、語りたがりのそれは途中から天狗も手記にメモを取ることを止める迄であったのであるが、他にも特徴的な外観や内装、図書館の存在や手入れの行き届く庭と、結果記者喜ばせな内容の例に倣って、天狗も満足して踵を返していくのであった。

「見るわよ」

 ぱさりと新聞を広げるレミリアの周りには先程の面々が集まり首を伸ばして覗き込む訳であるのだが、一面全てが紅魔の特集ということでわぁきゃあと各々が好き勝手感想だったりを述べては笑っている最中、勿論レミリアもその内の一人で特に己の特集である『主は語る』という特集箇所には大層満足したのであろう、満更でもない表情を浮かべては此処此処とフランドールに示すわけであるがそんな浮かれ蝙蝠も束の間、面末の写真を見や否や顔を段々としかめていくではないか。

「待って、ちょっと待って」

 見た目も鮮やかに厳顔染みた館の特集ということで今回はなんと色版、つまりはカラーでの写真掲載が為されているなど喜ばしいそれであるはずなのであるが、どうにもレミリアの顔は取材時の曇天模様に似た顔で、ただただ眉間に皺を寄せるのであった。

「なってないわね、これ。この写真よ」

 ぴしと指を差したのは、その館前で撮られたこの場の面々が写る集合写真のそれなのであるが、レミリア意外にはその『なっていない』理由が全くもって分からないので、各々顔を見合わせては首を捻った。

「まずパチェ。何なのこの顔は。いくら魂を抜かれるのが怖いからって睨みすぎよ、これは。いや、眠たいのかしら。分からないけども。新聞なのよ。もっと愛想ってものがあるでしょう。こんな顔じゃ吸血鬼だって近寄らないわ」

「逆に美鈴は緩み過ぎ。私は好きよ、あなたの笑顔。でもこの写真では別。もっと相応しい顔があった筈よ。従者の掟その四を思い出しなさい。美鈴だけじゃなくて、小悪魔もよ。ほら、何というか、もうちょっと凛々しさってものがあるじゃないの」

「フラン。どうして横を向いちゃったの。天狗はちゃんと合図してたでしょう。蝶々。そんなものは後で幾らでも居たでしょうに。行き倒れよ、好機を逃す吸血鬼の行く末は。駄目。ここぞという時の集中が人生ものを言うのよ」

「咲夜だけなんだからまともなのは、って待ちなさい。真っ紅っかじゃないの、顔が。何を恥ずかしがる事があったのよ。壁と大差ないわねこれ。これはこれで凄いわ。人間てそういうものなのかしら。林檎じゃない、まるで」

 はーっ、と大きな息を一つ吐きながら、レミリアは額を押さえて首を振る。

「あるでしょう。こう、紅魔の顔付きってものが」

「でもお姉様だって変な顔じゃない」

「フラン」

 半ば驚き混じりの声色で妹の名前を呼ぶものの、フランドールは半眼をこちらに向けることを止めない。

「なんてことを言うのかしらこの子は」

「半目よ、お姉様。それに何よこのポーズ。今時にもなって、いや今も昔もどうかと思うのだけれど、口に手の甲当てて高笑いって。それにやっぱり半目だし。これを姉と紹介する妹の気持ちを考えて。私だったら死にたくなっちゃう」

「フラン!!」

 蝶を目で追ってしまう様な妹のものとは思えないその言葉、返す刀で何十倍にも深い傷を負ってしまったレミリアは、顔を咲夜のそれの様に茹だらせながらわなわなと口を開いた。

「どうしてこの写真にしたのよ!!」

「天狗に言いなさいよ」

「言ってやるわよ。明日配達に来る朝イチにね。何時頃かしら。え、何、そんなに早いの。いいえ、起きるわ。起きてやろうじゃないのよ」

 そうして一日中肩を怒らせた後に誰よりも早く寝床に入るのだから、この主は何というか、何処までも見上げたそれなのである。



 そして翌日。外出日和の程好い曇り空の下、本来であれば気分も良かろう朝な訳であるが、低血圧気味た重たい頭をなんとか持ち上げる様にして、レミリアはバルコニーにて腕を組む。幾ばくかとんとんと指で腕を叩いていると、目当ての天狗がするりと空から降りてきて、随分と目を丸くしながら言葉を紡いだのであった。

「これまた珍しい。昨日の出来が堪らなく良かったという感想を伝えにですね、嬉しい限りです」

「写真の選定基準に異を唱えるべく、わざわざ早起きしてるのよ」

「内装も庭も方々も、素晴らしく良い出来だと自負していたのですが」

「概ね、はね。流石と手を握ってあげたいくらい。あら、して欲しいの。ならしてあげるけども。はい、どうも。でも最後の、最後の写真、あれはどうしてあの写真なのよ」

「どうして、と言われましても」

「妹に言われたわ。こんな姉ならちょっとだけ幻滅しちゃうかもと」

「でも一番、らしさが出ていたので」

「えっ」

 突飛な事を言われたものだから暫し固まっているレミリアに対して、天狗は今朝分の新聞を手渡しながらにこにことはにかんでいるのである。

「これぞ紅魔館、という感じに撮れたかなと」

「これが」

「カラーは正解でしたね」

 余りにも屈託の無い笑顔を向けられると、こうも毒牙を抜かれてしまうのか。昨晩から様々な罵詈雑言を頭に思い描いてはそれをぶつけていくシミュレーションを重ねていた己が馬鹿馬鹿しく感じてくるから可笑しなものである。
 そうして苦笑いを浮かべながら次の言葉に困っていると、妙にこの天狗は気を回すのが上手いというか、配達終わりに再度写真を撮りに来ましょうかなどと提案してくるところがやはり憎めないと言われるそれなのである。記事ではなく写真だけですが、という条件ももはや些細なもので、レミリアからすれば言い出した手前取り敢えず撮り直しさえしてくれればそれで顔は立つのである。
 そうして欲しいとの旨伝えると、天狗は分かりました昼前にまた来ますとだけ笑顔で残して、配達へと戻っていったのであった。



「と言うわけで、再撮影よ」

 またしても曇天模様の下に、館の前に一同集合した訳なのであるが、面々ちゃんと集まってくるところがこれまた紅魔らしいと、いや、主の提案を断る従者達もそれはそれでどうかと思うのであるが、天狗は胸中独り言ちた。

「いいかしら。テーマを共有しましょう。『凛』よ。凛としたそれを、紅魔のそれを見せてくれるだけで良いのだから」

 はい、はーい、はいはいと返事はぱらつきながらも、レミリアを中心にその『凛』を表していく訳であるのだが、どうやら紅魔の『凛』というのは「薄目で遠くを見やる」、という事なのだろうか。

「こ、これはちょっと不自然やしませんかね」

 天狗の一言を皮切りに面々が口を開いてはほら見なさいだの、やっぱりだのと主に口撃する光景が変なつぼに入ってしまって口を波打たせる天狗であったが、散々言われっぱなしの主は主でじゃあ貴女達が考えなさいよ、などと開き直る始末。

「やっぱりあの写真は間違ってなかったと思うのですが」

「私もそう思うんですけど、ねぇ。咲夜さんも」

「いや、私はその、何というか」

 相変わらず紅い顔の咲夜をぱちりと一枚撮った天狗は、咲夜の小さな抗議を他所にそのわあぎゃあと喚く輪に入り各々を宥め始めるのであった。

「もういっそのこと徹しましょう。吸血鬼です吸血鬼」

 そうして面々並び直して天狗の指示を仰ぐのであるが、ぶつくさと不満宣うレミリアも含めそのポーズを取らせては、ぱちりぱちりと何枚か写真を撮っていくのであった。



 それから数日後、レミリア宛の小包が届いた。差出人は勿論あの天狗で、開けてみれば葉書と数枚の写真が入っていた。
 後れ馳せながら定期講読のお礼です、という葉書と共に、揉めるレミリアとフランドールとパチュリー、それを輪外からくすりとした表情で見守る小悪魔や、相も変わらず顔の紅い咲夜と笑顔溢るる美鈴のツーショットが納められた写真。
 レミリアはそれらを眺めては、段々と頬が緩んでいる自分に気付いて、ふふ、と更に笑うのであった。
 用意した額縁にそれらを丁寧にレミリアは入れていく。この『凛』の写真も不自然さが逆に笑えてくるのだが、それよりも最後の、『吸血鬼っぽい』それの出来は非常に良く。ぎゃおーって感じのポーズでお願いします、というのが吸血鬼なのかという疑問は残ったままなのだけれども、皆の表情を見ているうちにそれは大した問題では無くなるのである。相も変わらず、目付きが悪かったり、顔が紅い人間が写っているのだけれども。真ん中の館の主がこれ以上無い笑顔で写っているそれは、何処かむず痒くなる気もしないでもなかったが、それはそれで悪くないじゃない、と何処か自分に言い聞かせる様に笑いながら額縁に収めたそれを見て、レミリアは紅茶を啜るのであった。



「お姉様凄い楽しそうね、この写真。良いんじゃない、お姉様らしくて。でも撮る時ぎゃおーって言ってたでしょ、ぎゃおーって。あれは駄目。もしそんな事を記事にでもされたら、それを姉と紹介する妹の気持ちを考えて。私だったら死にたくなっちゃう」

「フラン!!」