※東方projectです。
※地の文です。




「じゃーん」

そう言うと魔理沙が後ろ手からこちらに見せてきたのは、片手にちょうど収まるほどの球だった。
言葉に対して大した表情を作るわけでもなく、どことなく無機質な笑みを浮かべながら、受けとるように促されるまま、私はそれを受け取った。

「なによこれ」

桃色のそれは薄く陽の光を映し照り返してつきながらも、どこか張りのある触り心地をしており、軽く握る分だけ、弾力とでもいうのであろうか、掌に逆らうように張るのである。確かゴムだとか言った気がするが、非常に軽いそれを握ぐ握ぐしながら、改めて私は魔理沙を見る。

「分からん」

じゃーん、で出しておいて分からないとは何事とも思ったが、来る途中で拾ったものらしい。
特に魔力的に云々もなく、同じく霊的なそれも一切無い。本当にただの球なのである。

「かしてみ」

魔理沙は私の手から球を取ると、ぽつぽつと距離を取った後に、それをこちらへ向かって投げた。
しかし、ふわりと逸れたそれは私に届く前にてんてんと地面をいくつか跳ねて、私の爪先を小突いた。

下手ね、と胸中独り言ちながら、倣って投げてみたは良いものの、これが魔理沙の四歩半右に逸れるわ届いてないわな放物線を描いてしまい、頬に妙な火照りを覚えた。

「あははは、下手だな」

魔理沙はとてとてとそれを拾って、こちら目掛けて投げ返す。今度は地面を一衝きして膝元へ来たが、それを私の指先は弾いたものだから、更に笑われてしまう。

「違う、違うのよ」

何が違うのかは自分でも分からなかったが、兎角違うということは言葉にしなければならない程耳が千切れそうな程に熱く茹っていた。
それでもまた投げてみれば、今度は魔理沙の六歩左に逸れてしまったものだから、殊更に魔理沙は腹を抱えて笑っていた。

そんなやり取りを十数回繰り返していたわけであるが、あはあは笑っている魔理沙は投げる毎に何かを掴んでいったのか、二回に一度は私の胸元へ球が来るようになってしまった。
一方の私はそれはもう真面目に、大も真面目に投げども投げども魔理沙を歩かせる羽目になるわ、来る球を掌やら指先で弾いては顔に当たるわで碌なものではなかった。

「博麗の名も落ちたもんだぜ」

魔理沙は相も変わらず薄らつった笑いを顔に貼り付けながら言うのである。
頭では冷静なつもりもむなしく、もはや頭も身体も熱せられるがままに投げたものだから、力みに力んだ球筋は魔理沙の遥か頭上を飛んで行った。わっ、と跳ねながら腕を伸ばす魔理沙を見て少しだけざまあみろと思ったのも束の間、こちらをにやにやと見ながら桃球を拾いに行くその姿にまたも腹が立った。

その後も同様に投げては捕られ、受けては弾きを繰り返した訳であるが、まるで霧雨は球投げの名家ですと言わんかの如くめきめきと上達するのに対し、私は一向に上達の気配も寸分なく桃色のそれに左右され、狙いが左右してしまうのはこちらなのだが、魔理沙のくすくすとした笑いに当てられ続けた。

そうして茶も飲まずにいそしみ続け、昼下がりから始めたこの気楽な遊戯も気が付けばとうに過ぎ、夕暮れ時が顔を出そうかという刻合いまでになってしまった。
流石の魔理沙も腕が上がらないだの肩が千切れるだのひいひい言い始めたので、本日はお開きにすることになった。残念ながら、私の肩はまだまだ腕を振る余裕があったというのに。

そこから夕餉、入浴を済ませた訳ではあるが、その間も桃色の球の事が頭から離れず、布団の上で投げる素振りなんてしてしまうのだから可笑しなものである。



翌日も、まあ連日魔理沙が来るとは思えなかったので、境内の掃除やお札だの護符だのの作成といった雑用を済ませた昼下がりから、一人で倉庫の戸壁を相手に、てん、てん、と投げては捕ってを繰り返した。
何も無い木目にただ投げつけるのも味気無かったので、赤い丸印を付けた札を貼り付け、そこを目掛けて投げ付ける。

これまた数十と繰り返しているうちに、昨日にも増してこの桃色の球に妙な親近感が湧いてくるのだから分からない。同じ事をこなしては漠然と過ごす巫女としての毎日が、放物線を描いては跳ね返るその球の動きに結び付く様な気がして、どうにも共感と言い表せばいいのか、どちらかと言えば同情と言うべきなのかもしれないが、それをひしひしと感じてしまうのであった。

しかし、そうどこか憐れんでいたのも最初だけで、だんだんと湧き上がるのはどれだけ同じ様に心掛けて投げ付けても、球は印から外れ、木目の凹凸に弾かれ右へ左へと私を振り回す事に対する苛立ちであった。私は同じ様に投げて、同じ場所を目掛けて、同じ様に投げているのに、投げられたそれは私の努力をあざ笑うかの様にあちらこちらへ跳ねていく。
巫女としての日々が、大幣やら札やら針やらをもって飛び回るなんて事はごく稀でしかなく、
博麗であるが如くを求められてはその枠に収まらなくてはならない、この何とも言い表し難いある種の窮屈さをその球に見たというのにも関わらず、球は自由に跳ね回っているではないか。

なんだか桃色のそれが色褪せ白と黒のそれにしか見えなくなってきたので、またもや頭も身体も熱せられるがままに投げたものだから、思い切り力任せに投げれば、当たり前であるが、どうにも倉庫の屋根を飛び越えて行ってしまった。どきりとして飛んでその後をなぞったは良いものの、恐らく球は後ろの草木茂る林に飛び込んでしまった様であった。

どうしてか急に居た堪れなくなって、もちろん魔理沙が持って来た物というのもそうなのであるが、急に大変罪深いことをしてしまった様な気がして、どこかで自分と重ね、そして憧れへと成り映ったそれの存在が急に大きくなってきて、半ばべそをかきそうになりつつそれを探すのであった。というよりは、なぜだか流れる涙を拭いながら、緑々に足を突っ込み目立つはずの桃色を見つけようとするのであるが、わざと隠れるかの様にそれが顔を出すことはなく、あっという間に陽が落ちてしまった。

袖の次は枕を濡らし、誰に聞かれるという訳でも無いのに、うううと声を布団に押し殺して咽んでは後悔の念に押し潰されそうになり、また呻いてを繰り返しているうちに、身体は心地の良い疲労と捉え、気付けば意識は睡魔のそれに落ちていた。
頬の妙な渇きで目を覚ました翌日も、同様にもはや何が為に分からず目に一杯の涙を溜めながら探すのであるが、あの桃色のどこか自慢げに照る球は結局出てきてはくれなかった。



その翌日、自分でも分かるほどに酷く落ち込みながら、いや、何故こうも落ち込むのかはよくよくになって考えてみれば、たかだか球の玩具の一つを無くしただけなのであるが、確かに人生において何かを無くしたとかそういった類は亡くした二人以外には思いもつかないので理に適うと言えばそうなのかもしれないが、生意気に立つ茶柱に視を落としていたところに、空からするりと魔理沙がやってきた。

察しが良いのか悪いのか、挨拶よりも先に「どうしたんだ?」なんて聞いてくるものだから、はたまたどこか鼻の奥がつんとするような感覚を遠くに覚えながら、ぽつりと無くした旨を呟いた。

「なんだ、なくしちゃったのか」

「ごめんなさい」

「別に構わん、また新しいの拾ったから」

言いながら魔理沙が取り出したのは、昨日までのそれと同じ球。
ただ一つ違うのは桃色ではなくわざとらしい緑色なだけである。

「えっ、でも」

「仕方ない、今日も付き合ってやるか」

「でも、でも」

「ほらっ」

魔理沙が持つ球は昨日までのものに比べて、一層陽の光を照り返していて。



その球は綺麗な弧を描きながら、只々立ち尽くす私の胸に当たって、落ちた。



湿った地面を転がるそれは、陽光に白ける輪郭の奥で、無邪気に私を見つめている気がした。