※東方projectです。
※地の文です。




 私の目の前では、巫女が泣いている。




 理由、そんなものは知らぬ。存ぜぬ。私はただ、言われて様子を見に来ただけだ。
 火口配りと名の高い文屋の烏天狗が私に申したのだ。なんだか巫女の様子がおかしい、と。
 天狗にとっては素晴らしい記事の種だろうに、そう伝える天狗の顔が妙に困って、いや、えぇと、砂利でも喰らった顔、これでいこう。
 砂利でも噛み擦り潰した顔をしていたものだから、行かない訳にはいかなかった。曰く、そこまで大事ではないとは思うのですが、だそうで。

 身支度も程々に、というよりは、寺子屋で授業をしていたそのままの格好で向かうことにした。
 所謂慧音先生と呼ばれる時の青い姿。勿論帽子も忘れない。
 初めは特に意識していた訳でもないが、寺子屋での授業がある時には、殆どがこの服装であり、職業服の様なものだと個人的には考える様になった。
 そしたら先日、一昨日であったか。生徒の少女が私の服を見ながら、笑顔で言ったのだ。
 先生の服はお空の色。あたしは大好き。お母さんも素敵だって言ってた。
 心震えるとは正にこのこと。私も好きだ。青空。素敵だ。母上、私も素敵だと思うのです。そして貴女様の子育ては天下一品云々。
 以来、この服装に愛着が湧いては溢れて仕方ないのだ。袖を通す度に、頬が緩む。



 からりと晴れた空の色と服の色を見比べては満足を繰り返している内に、私は神社の鳥居をくぐっていた。
 参拝客が少ないのはいつものこと。今更どうこう言うことでもなかろう。
 それに少ないとは言え、里の信心深い者達は時折、賽銭箱と鈴を鳴らしに来たり、様々寄進をしに来るそうだ。
 畏まって寄進と言ったものの、所謂お裾分けである。美味しい南瓜を頂いたから、煮物を多く作りすぎたから、お豆腐が好きだと聞いたから。
 がってがられて可愛い様で、里を仕切る者からすれば、仲のよろしさに安堵する。

 拝面をぐるりと回る様にして、私は縁側へと向かった。
 特に姿も見当たらないので、恐らく茶の間にでも居るのだろう。
 縁側を上がり、閉まった障子の前に立つ。

「私だ、上白沢だ」

 特に返事はない。
 ならば。

「慧音先生だ」

 ちょっとばかし響かせた声色で言ってみた。
 すると、三度布が擦れる音の後、今にもさえずる鳥の音にかき消される様な小さい声で、入って、と聞こえた。
 先生の名は覿面である。いや、名字に馴染みが無いだけだろうか。ならば認められない。

 がらりとそれを引くと、目に入ったのは崩れた布団の上で正座をしている博麗霊夢の姿。
 寝間着であろうか。霊夢は白い襦袢を着ていた。
 そんな霊夢が私の顔、というよりかは姿を、見るなり、声をあげて涙を零した。



「お、おい」

 私は霊夢に膝を付き合わせる様な形で正座をした。
 すると霊夢は一瞬泣き止んだかと思えば、更にあうあうと声を響かせて、私の太ももに顔を埋めた。
 
 なんだこれは。
 なんなのだこれは。
 
 身動きもろくに取れぬのだ。仕方ないので、私はとりあえず霊夢の背中を撫でてやった。
 生徒もそうだが、撫でられると人は心が落ち着くものだ。
 同じ様に、尤も理由は下らないものばかりであるが、わんわんと泣いている子に対しては、まずは撫でること。
 そして落ち着きを取り戻した後に、優しく理由を聞いてやるのが一番だと信じている。
 これで大抵は解決出来る。私の歴史はそう語って止まないのである。
 あと、関係はないが、撫でられたい。私だって撫でられたいし、撫でて欲しい。誰か。

 しばらくそうしているうちに、霊夢は段々と落ち着いていった。
 やはり撫でるのは最適解だったらしく、身体のしゃくりも徐々に治まっていく。
 顔は太ももに埋めたままであるが。

 その後も特に会話があった訳でも無く、私は唯々霊夢を撫でた。
 霊夢も霊夢で時偶、すすんと鼻を鳴らす程度で、既に落ち着きを取り戻していた。
 じんわりと痺れゆく脚に、私は少しだけ参った様に眉を吊った。



 その後少しばかりしてから、霊夢が顔をゆっくりと上げた。

「あの、えっと。ごめんなさい」
「構わない」

 どことなく顔が赤い、様に見えるのは気のせいだろうか。
 それにしても、正座のままもじもじと手を擦り合せながら呟く霊夢は、正直悪くないと思う。
 子供っぽくも可愛いという意味でだ。勘違いはしてくれるな。何か寺子屋の生徒に通ずるものがある様な気がしてならない。
 ならば私は喜んで、先生として振る舞い、慰めようではないか。
 
「誰しも、偶には他人に甘えたくなるものだからな。私で良ければ、まだまだ膝は貸すつもりだが」
 
 決まった。
 これでこそ、慧音先生。
 これには霊夢も再び涙が溢れて、
 
「ありがとう。でも違うの」



 ぐぬぬ。









「あれを見て」

 霊夢は年季の入った箪笥を指さした。
 見れば三段ある引き出しの、下段が出されたまま在った。
 服に穴でも開けられたのか。

 見やれば霊夢は無言で頷く。
 私は痺れきった脚を引き摺っては悶えながらも、何とかその引き出しの中を見た。

 するとどうだろう。
 綺麗に畳まれた紅白の巫女服がみっちりと詰まっているではないか。
 しかも、その段には巫女服のみ。紅白過ぎて、少し目眩を起こしそうな気がした。

 しかし、それだけなのだ。いつもの巫女服が仕舞われているだけで、他には特筆すべき点は見当たらない。

「真ん中も」

 向けば、霊夢は俯き気味に。
 
 私は言われるがままに中段を引いた。
 すると再び目に入るのは、左から右に詰まった紅白巫女服。
 巫女服ばかりで多すぎる気が。再び視線をやれば、霊夢は泣きそうな声で言った。

「上も見て」
 
 案の定、上段も紅白の巫女服が詰まっていた。

 この古ぼけた箪笥には、紅白の巫女服しか入っていない。
 全て巫女服。全て紅白。紅と白。
 それを理解したと同時に振り向けば、再び霊夢が震え始めた。



 紅白、紅白、紅白。巫女だから。博麗だから。酷いわ。そんなことってないわよ。
 今朝ね、魔理沙が来たの。言わないけども、私は嬉しいのよ。なんだかんだで。
 でも違うの。雰囲気が。なにか、こう、素敵なの。
 私気付いちゃったの。魔理沙の服がいつもと違うことに。
 青。綺麗な青。澄み渡る青。まさに慧音、いえ、慧音先生と一緒。お空色。
 素敵、って。私はそう思ったの。可愛くもあって。
 今日ばかりは、魔理沙の話が耳に入らなかったわ。いつも以上に。だって魔理沙のお洋服から目が離せないんだもの。
 そんなこんなで、魔理沙は帰って行ったわ。アリスに用があるとかなんとかで。
 羨ましかった。普段と違う魔理沙が。素敵で仕方なかった。
 だからね。私も探したの。箪笥の中を。
 そしたら、これ。全部。全部紅白。
 どこを開けても紅と白。巫女服。それだけ。
 昔は持っていたわ。小さい頃は。
 でも大きくなったら、お役御免。気付いたら全部これになってた。
 私、持ってなかったの。この巫女服の他に、持っていなかったの。
 訳が分からなくなっちゃって。だって巫女服しか持ってないないのよ。
 里へのお買い物、お茶会に誘われた時、紅魔館のパーティーだって。
 すべて、この服。すべてよ。
 思い返せば、魔理沙は勿論、アリスや早苗、咲夜だって。
 いつものお洋服とは違う、素敵な格好をしてたの。
 なのに私は。この服。紅白。
 止まらないの。涙が溢れて止まらないの。

 ねぇ、慧音先生。私も素敵なお洋服、ううん、違う。


 
 先生みたいな。お空のように澄んだ、青が着たいの。



 そうして、霊夢は崩れ落ちた。
 うずくまり、布団に口付ける様にして、泣いた。
 そんな中で、私は胸中独り言ちた。






 いや、着ればいいと思うのだが。









 実は、博麗の巫女服は里で仕立てられているのだ。
 里の被服職に携わる人間が、これはそう言い表わすべきであろう、寄進という形で神社に納めているのである。
 それは季節毎に行われており、いつ神社を覗いても、鮮やかな紅白が映えるのは、その為である。
 
 霊夢曰く、感謝してもしきれない。いつでも素晴らしいものをお金もなしにくださるなんて。
 仕立屋の喜ぶ顔が脳裏に浮かぶ。そりゃあ幻想郷の中核を担う大事な神社の巫女様から、そんな言葉を掛けられるのなら、職人冥利に尽きるであろう。
 里の守護を司る一人間として、いや、人間でいいのか、よくないのか、まぁいい、自然と目尻が下がってしまう。

 しかし、現実にあるのは、重たい静寂。
 そのまま黙り居ても仕方がないので、私は閉じたがる口を何とか開いて、言葉を紡いだ。

「青と白にするよう、頼んでみるのは」
「出来ないわ」
「私が伝える」
「だめ。だめよ。だって今までの紅白にけちを付けるみたいで申し訳ないわ」
「考え過ぎだろう」
「『あれ、もしかして前回の巫女服は気に入らなかったのかな』、なんて思わせたくないの」
「私が上手いこと伝えるさ。霊夢も偶には気分を変えたいらしい、と」
 
 しかし、霊夢の顔は優れない。
 口をむずむずと擦り合せては、俯き気味る。

「やっぱりだめ」

 そして、なんとも恥ずかしそうに。

「は、恥ずかしいじゃない」



 えっ。


 
 するとみるみるうちに、霊夢の目には涙がじわりと溜まっていくものだから、私は慌てて口を開き直した。

「た、確かに、その気持ちは分かる気がするな。私も角にリボンを着ける時には葛藤したものだ」
 
 なにが私もなのだろうか。果たしてその例は正しいのだろうか。それは私にも分からない。
 しかし、霊夢が共感出来たと嬉しそうに頷くのだから、きっと正解なのであろう。正解なのだ。
 
 なんとなく、思春期の少女が思い浮かんだ。
 確かに、人に依っては自分から主張することを恥と考える節があるものだ。
 目の前の少女は、あれがしたい、これがしたい、と言えるタイプの思春期ではないのである。
 また、年の、上に離れた、者々からの好意や善意に対しては、どう接して良いのか分からないのかもしれない。
 私も振り返れば、些細なことで頭を抱えては、人に見られぬ処で、さめざめと泣いていた気がする。
 
 いや、嘘をついた。さめざめとではなく、わあわあと。

 頬が熱くなってきた。

「あぁ。では買いに行くのはどうだ」
「私独りで服を買ったことはないもの。自分で選ぶなんて考えただけでも恥ずかしくて、なんというか、溶けてしまいそう」
「勿論、私もついて行く。それに何事にも始まりというものはある」
「で、でも」

 見るからに霊夢は狼狽え始めた。
 五分の羞恥と四分の困惑、そして一分の羨望が入り交じり、その表情を二転三転させていた。
 今更だが、私の知る博麗霊夢は、もっと、こう、感情の起伏があまりない印象であった気がする。
 目の前の霊夢はよく喋るし、よく動く。座布団の上で茶を啜りながら時を過ごすそれとは違う。
 どちらかと言えば、白黒魔法使いの方だと思うのだが。その振る舞いは。
 
「あっ」

 結局、霊夢はぽかんとした顔をしたのち。
 今にも空を飛んでしまいそうな、あぁ、それじゃあおかしい、彼女は空を飛べるのだから。
 有頂天にも昇る。いや、昇れないこともないか。逆に、もっと身近な喩えにしてみようか。
 正解を見つけた生徒の様に、きらきらと、それはもうきらきらと白い歯を見せ、言葉を続けた。



「慧音先生の服」

 私の服。

「慧音先生の服を借りれば良いのね」

 私の服を。

「お願いよ、先生」

 私の服を借りれば。

「今だけで良いの。ちょっとだけ着させて欲しいのよ」

 あんまりにも、目を輝かせて言うものだから。



「まぁ。その、あれだ。構わない、構わないが」
「ありがとう、慧音先生」

 そう聞くなり、私は霊夢から抱擁を受ける。
 これで本日何度目だろうか。まぁ、笑顔ならそれが何よりである。
 それに、こうして、頼られて、信頼を受けるというのも、心地が良い。
 博麗の巫女といえ、彼女も一人の少女なのだ。
 先程も口にしたが、偶にはこうして年長者にじゃれつくということも、あるべきではなかろうか。



 私はしばし頭を撫でたあと、躊躇もなく、服を脱いだ。









 なんか思っていたのと違う。
 霊夢は、そう語った。
 だが、口で語ったわけではない。
 瞳だ。瞳で。瞳が。
 私の服を見つめ、私の瞳を見つめる、その霊夢の瞳が、そう、語りかけるのである。

 しかし、私の瞳もまた、同じ言葉を語りかけていると言われてもおかしくはない。
 白い布地が寄れて、くにゃくにゃとだぼつく肩周り。色気とはかけ離れた、だらしなく開ける胸元。
 そして重なり、畳を気だるげに擦るのは服の裾。
 小さな爪先は、すっぽりとスカートの一部に隠されてしまっていた。

 沈黙。何とも言い難い沈黙。
 しぃんというべたべたな効果音だけが、聞こえてくる様でならない。

 体格差を失念していたのは、お互い様だ。
 誰が悪いという訳ではない。うん。誰も悪くはない。
 
 それでも霊夢は、泣きそうな顔で喜ぶのだ。
 素敵な、素敵な青色よ。
 お空のような青い服。



 霊夢は部屋をずりずりと歩いては。芯のずれたこまの様に、くるりくるりと回り出す。
 丈の長すぎるスカートが、ふわりと舞うことはない。
 それでも霊夢は回るのだ。ふらりふらりと回るのだ。

 精一杯の喜びを、上白沢へと、表わす為に。
 悲しみに満ちた自分の顔を、上白沢から、見られぬ為に。
 やりきれなさでいっぱいの、上白沢を、助ける為に。



 どてっ。



 案の定とでも言うべきか。そりゃあ転ぶぞ博麗霊夢。
 止めてやればと後悔すれど、巫女をも縋る身体は動かず。
 
 霊夢は鼻を赤くして、上体を起こした。
 そして、こちらを見ては、しばしの沈黙。
 私の口が開こう前に、じわりじわりと、瞳を潤ませた。



「霊夢」

「うん」

「買いに、行こう」

「うん」

「なんというか、その」

「うん」

「すまない」

「今、脱ぐね」

「あぁ」

「ごめんなさい」

「気にするな」

 

 霊夢から、私は服を受け取った。
 先程とは打って変わって、いそいそとそれを着ていくわけであるのだが。
 私の服は、それはもう、それはもう、嫌味なほどに。
 私の身体にぴったり合っては、馴染むのであった。









 あれから、数日。
 
 打音に誘われ戸を引き開ければ、そこにははにかむ青色少女。
 私の家を訪れたのは、映える黒髪博麗霊夢。
 涼しげな青い和風衣装が、連想させるは青い空。









 結局、霊夢の懸念は杞憂に終わった。

 私達が己らの安直さに暗然としたあの日、落とした肩をもはやなんとかいからせる様にして、私と霊夢は里へと向かった。
 目的は勿論、霊夢の衣服を買いに行く為に。
 霊夢曰く、和服洋服どちらでも、という事であったが、入手のし易さ、そして着慣れという点から、和服を見に行くことにした。
 
 口には出さなかったものの、むちりと膨らんだがま口片手に、緊張しきった霊夢の姿は、その日数度目の貴重な光景であった。
 親にいたずらがバレたとか何とか、そんな前情報を聞いてしまった後の、帰路を行く子供の様な表情を見せたと思えば、寺子屋の後に、里の広場で劇が行われるらしい、という噂を耳にした時の子供の様な表情云々。
 それらが少しの間でぐるぐると変わるものだから、見ている目元も自然と細まり、軽く吹き出しかけてしまう私に罪はない。いや、罪はないと思いたい、だけなのだが。
 その時の彼女こそ、人間らしい、の見本だったのではないだろうか。妖怪だとおもってたらどうやら人間らしい、という意味ではない。一応、念の為に。

 そんな少女の姿を、密かに胸中楽しみながら歩いて行けば、見えてきたのは里の仕立屋。
 近付くにつれ、会話相手が真横から斜め後ろと、場所を変えた。そして店まで十五歩の距離にもなると、完全に私の後ろに着いてくる陣形になってしまった。
 陣形。正しく、陣形であろう。霊夢にとっては。十何年ぶりかの大舞台なのである。
 曰く、前回は母上に手を引かれての来店であったとか何とか。あまり詳しい記憶は無いが、喜んでいたと思う、だそうだ。
 その場を見ていない私だって、そう思う。新しい服を買って貰えるという喜びは、誰しも、ままごとを楽しむ少女だけじゃなく、太陽の下で駆け回る少年だって持っている。
 ましてや母上との時間であれば、それはもう、言わずもがなだ。幼い少女の笑う顔が、容易に想像出来る。
 ならば今日は、その時の喜びに、少しでも近付ける様に。

 がらり。
 少し、いや、結構な勢いで、私は店の戸を開けた。
 
 女将さんは私の顔を見るなり、嬉しいことに、笑い皺を作ってくれた。
 しかし、私の後に入る霊夢の姿を確認した途端、それまでの数倍深い笑い皺を作っては、思わずこちらへと駆け寄ったのだ。
 


 嬉しいわねぇ。霊夢ちゃんが来てくれるなんて、いつ振りかしら。
 霊夢ちゃんは服なんて興味がない、ってのが里の連中の意見だったけども、私は絶対に信じなかったわ。
 昔来てくれた時の顔を今でも覚えていますもの。お母さんと一緒に。あぁ、先代と言うべきでしたか、先生。いや、お母さんの方が私は好きね。
 えっと、あぁ、そうそう。本当は霊夢ちゃんにあれこれ服が云々と聞きたかったのだけれども、無理強いするのもそれはそれで。ねぇ。
 分かってるわ。言わなくても分かるわ。今日はとびきりのものを用意するから。ちょっと待っててね。



 嬉々として捲し立てた女将さんは、ぱたぱたと店の奥へと消えていった。
 まるで台風と言ったら怒られるかもしれないが、嵐の様な勢いに、唯々圧倒されてしまった。
 隣の霊夢も、ぽかんと口を開けては、目を丸くして固まっていた。その後、俯き、段々と頬を朱くすることも忘れてはいないところが、可愛らしい。

 それからはもう、言わずもがな。まるで着せ替え人形の様に。

 あれを試せ、これを試せと、着せては脱がせ、着せては剥いで。
 いや、剥ぐというのは語弊があるかもしれぬ。そんな山賊まがいに云々ということはなかったが、当の霊夢は目を回していた。
 その横で、私は女将をたしなめた、ということはなく。一緒になって楽しんでしまったのは、少し大人げなかったかも、と思わないこともない訳で。

 しかし、そこでやられる巫女ではあらぬ。押されるままでは終わらない。
 あれやこれやと言われる前に、自らの意志で服を掴み始めたではないか。
 一度掴めば吹っ切れたのか。それは違うわ、などと主張をし出すのだから、面白い。



 そうして、気付けば陽は落ちて。
 数刻に渡る着せ替え合戦の戦利品として、霊夢は惚れ込んだ三点を選び、包むよう求めた。
 一着は店からの好意、そしてもう一着は私からの贈り物として。最後の一つは霊夢自らの買い物として。
 悪いです、と全てのお代を支払おうとする霊夢であったが、生憎である。私の頭は固いのだ。その日だけは私も認めた。その日だけは。
 勿論、女将も同様で。霊夢もそれに気付いたのか、以降は素直に受け入れた。そして、少しだけ恥ずかしそうにして、感謝の意を述べたのであった。
 
 そうか。紅白巫女の由来は服じゃない。



 その白い肌に朱を交わらせる表情云々。









 それから、数日。
 青に染まった霊夢が私を訪ねた訳だ。

「よく似合っているな。可愛らしくて、羨ましいくらいだ」
「ふふっ。慧音の真似っこだけどね」
「そうだったのか」
 
 あぁ、頬が緩んで仕方ない。
 霊夢が着ているそれは、あの日、霊夢が直々に選んだものだ。
 まさか、そんな理由が含まれていたとは。
 お世辞なのかもしれないが、構わない。ひたすらに嬉しいじゃないか。

「どうりで私好みな訳だ」
「里の人達も慧音みたいだと褒めてくれるのよ」
「嘘をつくな、嘘を」

 あんまり顔が熱くなるものだから、それを隠す様に霊夢の頭を撫でた。
 きっと私の顔も今、ぐるぐると表情を変えているのであろう。
 それを見て霊夢が笑うものだから、私もごまかす為に腹を抱えて笑った。

「あの、これ。お礼にと思って」

 そうして手渡されたのは、青と銀の刺繍が施された御守りだった。
 私好みなのは、言うまでもない。

「よく効きそうだ」
「頭が柔らかくなるように、って」
「なんだと」

 けらけらと笑い合いながら、私はそれをまじまじと見つめた。
 陽の光を受け映えるそれは、素敵だとしか言い様がない。

「ご利益は、これからも慧音の回りには、泣き顔の人が集まると思うから、その人達も一緒に笑えるように」
「誰かさんみたいにか」
「最初は泣いてても、最後は笑顔でお礼を言えますように、って」

 私だけでなく、回りの人々の幸せを願う御守り。
 その言葉を受けて、手の中の御守りは更に色を鮮やかにした。

「私好みだ。この御守りも」
「本当にありがとう」

 霊夢がぺこりと頭を下げる。
 そうして、再び笑い合う。
 早速、御守りのご利益があった。

「これから、アリスの家に行くの。魔理沙も来るのよ」
「丁度良い。見せ付けてくればいい」
「んふふ。慧音ったら、はしたないのね」
「それも私だ。霊夢だってそうだろう。違うとは言うまい」
「違いないわ」
 
 
 
「それじゃあ、行くね」
「あぁ。気を付けて」

 そうして、霊夢は歩き出す。

「霊夢」

 私の声に、霊夢は足を止め、振り返る。

「いつでも、先生と呼んでくれて構わないからな」

 霊夢は笑顔で頷いては、再び歩き出した。
 そう、次頼られる時は、涙ではなく、その顔が良い。
 私は霊夢の姿が空に溶けていくまで、手を振り続けて見送った。
 


 雲一つない、青空だった。






 その晩。
 私は夕餉の約束を果たしに、とある友人の家に向かっていた。
 道中何度も、月明かりにその御守りを照らしては、眺めていた。

 これからも、か。
 そんな役目が、嫌いじゃない。
 霊夢の笑顔を思い出す度、天職なのだと、私は思う。

 そうして一人、浸っているうちに、とある友人、藤原妹紅の家へと到着した。
 鍵は掛かって居なかったので、私は中に入っては、障子の前で身体を止めた。


「妹紅、私だ」

 しかし、返事は帰ってこない。

 部屋は暗いが、留守なのだろうか。しかし、鍵は開いていた。
 まさか、寝てるのではないだろうな。
 いや、妹紅のことだ。月が昇りきってから目を覚ました、ということも有り得るところが何とも悲しい。
 
 私は咳払いを一つ、二つとした。

「慧音先生だ」
 
 お寝坊さんには、少し厳しい目覚ましをやらねば。
 すると、三度布が擦れる音の後、今にも鳴きいる虫の音にもみ消される様な小さい声で、入って、と聞こえた。
 先生の名は抜群である。いや、慧音という名前に反応したのかもかもしれない。ならば認めてやろう。

 がらりとそれを引くと、目に入ったのは崩れた布団の上で正座をしている藤原妹紅の姿。
 寝間着である。妹紅は白い襦袢を着ていた。
 そんな妹紅が私の顔、というよりかは姿を、見るなり、声をあげて涙を零した。



「箪笥の中が紅と白だけ」

 妹紅は私の太ももに縋り付いては顔を埋めた。



 なぁ、霊夢よ。
 効き過ぎるってのも、どうかと思う。
 でも、まぁ。仕方がない。






 さぁ、先生。
 復習のお時間だ。