※東方projectです。
※地の文です。







 どうしてだろうか。



 私はちゃぶ台を挟んだ対面に胡座をかく妹紅を見ながら、考える。



 どうして妹紅は、よく胡座をかくのだろう。 
 
 きっと私以外の心無い者達が見れば、口々に宣うのだ。育ちが悪い、女性らしさに欠けると。
 姿勢だってよろしくはない。胡座では自然と猫背になりがちる。腰を曲げれば曲げるほど頭の回転も鈍る。そんな気がする。
 私が模範だなどと言うつもりはないが、胡座よりも正座を癖付けるべきだ。作法やら行儀といった眼鏡を掛けて見られた時、何より映える。



 どうして妹紅は、食事を粗末に済ますのだろう。



 あまり食に興味がない、そんな言葉を以前、妹紅の口から聞いたことがある。
 支度が面倒で、白米に青菜だけで済ましてしまうことも度々あるそうだ。栄養もそうだが、なんとも味気ない。
 健全な食事を取ればこそ、食の楽しみを享受することが出来るのだ。今日の晩は南瓜の煮物でも振る舞ってやろう、私は小さく意気込んだ。


 
 どうして妹紅は、自堕落な生活を苦としないのだろう。



 朝日が昇れば、人は目を覚ますもの。そんなことは寺子屋の生徒でも理解するに易しい。
 光と時間を共にすることで、私達は有意義な時間を過ごすことが出来る。勉学にしろ、仕事にしろ、遊びだってその一つだ。それらに割ける時間が多いことに越したことはない。
 にも関わらず妹紅は日が頭の上に来る頃に起きるばかりか、それでも足りずに昼寝をする。起床に見ゆるは紅い空、先に待つのは怠惰の極み。



「慧音」

 私とて人のことを言える立場ではないが、妹紅のそれらは度が過ぎやしないだろうか。
 私達とは時の流れが異なることは重々理解しているつもりだ。しかしだからと言って、時間を無意義に過ごして良いとは思わないし、私にはどうにも許容することが難しいのだ。
 人生においていくら短い間であろうが、私と時間を共にした以上は、

「慧音ったら。しわが寄ってるよ、眉間に」

 妹紅はそう言うなり、右手の親指と人差し指で私の眉間をむにむにと広げ始めた。
 しわにならないようにと伸ばしてくれる好意は非常にありがたい。
 しかし、どうにも奇妙な状況ににこそばゆさを感じてならない。
 
 無意識ながらも、妹紅の腕を制さんとするのは私の右手。
 しかし力を入れようにも、白い指越しから見える妹紅の顔が気味悪い程に無表情なので、どうにも力が入らない。

 結局私は妹紅のされるがままに、眉間を弄られ遊ばれ続けた。

「これでよし」
 
 曰く、私の眉間の平和は守られた、らしい。
 その前に私の、心の平穏を守って頂きたかった。
 人に眉間を弄られた時、どのような顔をすれば良いのか分からない。

「慧音はもっと笑わなきゃ」

 妹紅は片眉を吊り上げて、ちゃぶ台上の三色団子に手を伸ばしながら、そう呟いた。
 
 それはお互い様だと、私は思う。
 妹紅こそ、もっと感情を表わしていくべきなのだ。
 柄じゃないだの、生まれつきだのと言い訳をしているが、その感情の乏しさが、他人の誤解を招くことに繋がるのだから。
 第一、他人と接する積極性を持たないことには、藤原妹紅という人間は何時まで経っても、
   
「ほらまたしわが」

 うむむ。

 またしても眉間を弄られながら、私も団子に手を伸ばす。
 桜の葉か。一番上の桃色団子は仄かに甘く、口の中に広がる仄かな風味に鼓を打った。
 
 咀嚼と共に視線を上げると、未だに人の眉間を弄り続ける妹紅と目が合った。
 白い指越しから見える妹紅は、僅かに憂いを含んだ微笑を浮かべながらで、言葉を紡ぐ。

「難しく考えすぎなんだよ、慧音は」
 
 妹紅は残る手で次の白団子を口にすると、もぐもぐと頬を動かした。

「うん、美味しい。何のお団子かは分からないけども美味しい」

 妹紅は続ける。 

「それでいいじゃない。美味しいんだから」

 残る三つ目、緑の団子を妹紅は口に入れると、少しだけ自虐的な笑みを見せては、私の眉間を解放した。
 おかげで妙に熱の残った眉間を擦りながら、私は妹紅の言葉を反芻する。
 感覚的な生き方をしろ、ということなのだろうか。
 
「いや、私が賢くないだけか」

 そう言うなり妹紅は横になり、頭に後ろ手、片膝を立てては脚を組んだ。
 畳と服が僅かに擦れる音が、妙に寂しさを含んで聞こえたのは気のせいであろうか。
 しかし、視線をそちらに向けれども、妹紅の顔はちゃぶ台に遮られ。時折揺れる紅白リボンを見る他に、私が出来ることは無い。

「偶に思うんだよね。私って、妖精以下なのかもしれない」

 何か無機質に言い捨てる妹紅の声に、私の胸がぎりぎりと締め付けられるのだ。 
 何をしている上白沢。そんな声が、私の中でがんがんと響いては、己の老婆心を焚き付けるのである。
 さすればもはや、どうにもならない。私の教師としてのくだらない誇りが、疼いて疼いて仕方がない。
 

  
 私は残りの二色の団子も食べきらないままに、妹紅の手を無理矢理引っぱるようにして家を出た。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 私は今、寺子屋の教壇に立ちながら、幻想郷の歴史を説く。

 生徒は妹紅、ただ一人。
 私と妹紅の特別授業。

 己を馬鹿だと虐げるのであれば、私が頭を良くしてやろう。
 そんな魂胆、胆にぶら下げ、教鞭片手に歴史を語る。

 あまりにも単純だ。そう言われてもおかしくはない。
 歴史知識の多さは頭の良さ、という等式で捉えてしまうのは短絡的にも程がある。
 しかし、だ。頭が悪いと言われる者の多くは知識量の少なさ、即ち物事無知の際立が見受けられるからではないだろうか。
 
 知識の種別は関係ない。
 私の場合、たまたま歴史の知識量が人より多いだけのこと。
 兎に角知識を頭に詰めれば詰めるほど、その回転も良くなるというものである。
 
 そんなぼんやりとした根性論、いや、希望論を前提とした授業を受けて、生徒はどうやら不満顔。
 口を固く結び、片頬を膨らますその表情は、「退屈」以外の何物でもない。
 日頃から既視感があるのは気のせいだと信じたい。
 
 「はい、先生」

 授業は進むし、踊ることはない。
 私の語りも上々故に、半刻も過ぎて妹紅の興味も惹き付けられたに違いない。
 
 生徒心得第一章、質問がある時には挙手。
 教室の机に感化されたのか、妹紅はそれらしく掌を上げ、質問の許可を求めてきた。
 
 素晴らしい。人は質問をすることでより理解を深めようとする生き物だ。
 その事柄に興味を抱き、より知りたいと望み、己の疑問を他人に問う。
 そして説かれ、教わり、時には論じて熱くなる。その積み重ねによって、私達は理解し、後世へと伝えられるだけの技術を身に付けるのである。

 私は滑らかに動かんとする口を止め、恐らく嬉々と頬を緩めながら、妹紅の発言を促した。

 「それよりも上白沢先生の歴史が知りたい」
   
 違う。
 そういう事じゃない。
 そういう事じゃないのだ、藤原よ。

 私はそんな質問を求めていた訳じゃない。

 違う。
 もっと、こう。何と言うか。

 賢い質問があるだろう、と。
 その文句があまり賢くないことには、今は触れないでおく。

 やはり妹紅。
 お前は賢くないのかもしれない。

 何か他の手段はないか。
 口を尖らせる妹紅を余所に私は頭を捻りに捻る。
 
 すると、出づるは生徒の笑顔。

 眉上に切り揃えられた黒髪を揺らしながら、生徒は言った。



 『昨日、お芝居を観てきたの』
 
 
  



◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 世界が拍手に包まれる。

 滲んで止まない視界の中で、私も心からの拍手を送る。



 刀傷深く青空の下。
 薄れる意識に恋人想う。
 誰か苅瑠雨に伝えておくれ。
 少し遅れはするやもしれぬが。
 必ず行くから其処で待て。


 
 下りゆく幕に、私は安堵した。
 これ以上に続くものなら、水気という水気が無くなって、白澤の干物が出来上がろう。
 
 未だに身体はしゃくりにしゃくり。
 涙も乾かず、鼻も鳴らせど、浮かぶ笑顔は満足の証。

 そして私は笑顔のままに、妹紅に向いては見開いた。

「ごめん。途中から寝てた」 

 私の口は開いたままに、動かそうにも動いてくれぬ。

 心震えた私が異端か。
 不安に駆られて見回すけれども、周りの客も濡れた頬。

 やはり私は間違っておらぬ。
 再び妹紅に振り向けば。
   
「最後、教えてよ。結局どうなったのさ」

 結局どうなる、までの過程を楽しむのが芝居なのではないだろうか。
 結末までの起承転があってこそ、涙を流して楽しむ事が出来るのだ。

 それというのに、藤原、君は。
 
 訊ねた妹紅の惚けた顔に、私は何故とも呟けぬ。

 やはり妹紅は賢くあらず。
 染めども染めども染められぬ。

 朱に交われば赤くなろうが、蒼に交われど紅は紅。
 
 私が居らねば孤独な君が。
 この先どうして生きられようか。
 再び溢るる涙を隠し、息を吐いては歯を見せる。



「そこまで慧音が泣くなんて。惜しいことしちゃったのかな」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 次の日の夜、私は妹紅の家を訪れた。

 扉は開けど、彼女は居らず。
 月の光が差し込む部屋は、物の少なさも相俟って、いつも以上に広く感じてしまう。

 出直すべきとも考えたが、帰ったところで特にやることもない。
 ここで帰りを待っていようと、妹紅なら何も言うまい。

 手持ち無沙汰に膝を揺するのも仕方がないので、私は青白く光る畳を掃くなり角居る箪笥を拭くなりで時間を潰した。
 しかし、それらが終わってしまえば結局縁側に腰掛け、膝は揺すらずともど吊られた干し柿を眺めては茶を啜るのであった。
 何故だか、昼間は皺暮れて老けた柿達が、月の光を一身に受けては、自慢げな橙を発している様に見えてならなかった。
  
 そんな柿達の自慢話に耳を傾ける最中。

 竹林から吹き込む風が、私の身体をがさつに撫でた。
 そして妙に粒立ち始める肌を余所目に、耳に入るは爆ぜる音。



 異変が云々と頭で考えるよりも先に、私の身体は動いていた。
 私が現場に向かう途中もなお何かが爆ぜる音が響き渡り、近付いていくにつれて青竹が焦げる匂いが私の鼻を歪ませた。
  
 私は、熱気の中で、月を見た。
 その三日月を遮るようにして、何かが溶けるような笑い声を上げながら、空に浮かんで浮き居るのだ。
 何かが誰か、だと理解すると同時に、その人物が持つ銀髪の鈍い輝きが、見慣れた、つまり藤原妹紅のものであることを理解した。

 妹紅は月を背中に、聞く者の脳髄を混ぜくり回す様に、甲高く、耳触りな声で笑うのだ。
 全身を痙攣させている様に見える程、見たことも無い大袈裟な笑い方で、対面の黒髪を挑発する。
 対する月も、私はその人物に月を見た訳であるが、着込んだ着物を振り回しては怒りに酔っ払って、少しだけ地面から浮いた。

 そして、妹紅に向かって掌を向ければ、白昼と思い紛う眩しさと共に、妹紅の身体を無数に貫いた。
 大槌で脇腹を叩き割られた酒樽の様に、妹紅は血をまき散らしては月を紅く染めた。


 
 私は何故だか、それを止めよう、助けようとはしなかった。いや、出来なかったのだ。


 
 髪の毛さえも紅く染め、頬をこれでもかと濡らしながら、叫び、声を上げる妹紅の姿に、惹き付けられてしまったからで。
 魅了されたとでも言うべきか。我ながら陳腐な言葉だと、苦い笑みを浮かべることもままならない。

 月の光やらを一身に受けた妹紅は、それを嫌うかの如く炎を放ち、まき散らした。
 あれだけ青白く輝いていた竹々は瞬時に焦げ付き、めきめきと乾いた音を立てては膝を着く。

 月は笑った。
 全てを焼き尽くさんとする妹紅を蔑む様な、下卑た笑い。
 それでも私はその中に、妹紅を讃えんとするどろどろとした何か温かさの様なものを、感じて仕方がなかったのだ。

 妹紅はそれに気付いたのかは分からない。
 もはや、ただただ炎に溺れる喜びに身を任せては、諸共焼き尽くしては笑って、泣いた。
 月は、焼け落ちた。



 私の涙は炎に乾けど。
 それでも濡れゆく頬を拭う。



 焦げ落つ笹に、己を縛る、縄を見た。
 私が妹紅に構う度、私は妹紅に縛られていた。
 上白沢としての存在が、妹紅を悲しみ、哀れに思わせた。

 人よりも長く生きる未来が、私を傲らせた。
 妹紅は生きることを悲しんではいない。嘆いてはいない。 
 私が、妹紅の孤独に怯えていただけなのだ。
 
 あぁ、これは安堵の涙か。
 私を縛るものはもう、お前の炎で燃え尽きた。
 嬉しくて、仕方がないから、涙が止まらないのだろう。
 胸が締め付けられる様に苦しいのは、気のせいで。



 私は、踵に心地良い、しかしどこかで寂しい熱を感じながら、来た道をとぼとぼと戻り始めた。

 
 
  
 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 「あれ、来てたんだ」

 背中に山菜の翼を生やした妹紅は、少しだけ丸くした目で私を見るなり、靴の土を落とした。
 僅かに白い歯を見せたけども、先程に比べれば一分も笑ってはいないように見える。
 
 帰って見れば、心許した友人がいたんだ。
 もう少し嬉しそうにしてくれても構わないのに。
 
 そう胸中独り言ちると、妙な笑いが口から零れそうになったので、私はむきになってまだ熱い茶を流し込んだ。
 
 妹紅は煤けて紅黒く汚れた服を恥じて隠す様にそそくさと脱いで、白く身軽な部屋着に着替え始めた。
 私はその間も、残り少ない茶をちびちびと啜っていた訳であるが、その度に、天井部分、つまりは口蓋にちりちりとした痛みを感じた。
 どうやら先程の一飲みで、火傷をしたらしい。間もなく、皮が剥がれ始めるのであろう。まったく。

 私が舌先で口蓋の不快感を取り除こうと躍起になっているうちに、いつの間にやら対面にいた妹紅の姿はなくなっていた。
 台所からざぱざぱとした水の音が聞こえる。私は脚の痺れに悶えながらも、その音の方へと歩を進めた。
 よたよたと妹紅の隣に着く。妹紅は既に包丁を取り出し、小気味よい音を鳴らしていた。

 「何か考えごとしてたから」

 それを否定することもせず、私は妹紅の隣で、山菜が切られ、煮られる姿をただただ眺めていた。
 


 結局、卓に並んだのは、白米、汁物、おひたしの三品。
 それなりの手際の良さもあって、さほど時間を要さずに箸を持つことが出来た。
 
 随分と寂しい献立だと思うけれど、妹紅は特に気にするようでもなく、小さく挨拶を済まして、箸を付け始めた。
    
 私も手を合わせた後、柔らかな緑の山菜を一口食べた。
 


 私はこの山菜が何なのかは分からない。
 されども、美味しい。そう思ったから。
 私はそれを言葉にした。



「美味しい」


 
 私は笑った。

 


   
 妹紅も笑った。