※東方projectです。
※地の文です。






 かちゃ。

 かちゃかちゃ。

 木製のお玉が白い土鍋の内側をなぞり、音を立てる。 

「もうすぐできますからね」

 座して大人の腰丈にも満たない黒髪の少女はそう言うなり、小さな手に持つお玉で鍋の味を見る真似をした。
 少女の目の前、畳の上に直に置かれた鍋の中には何も入ってはいない。
 少女はその鍋の味見しては、あれがたりない、これがたりないと、なにかを足し入れる動作をしたのち、再び味を見るのであった。

「霊夢はお料理が上手だものね」

 霊夢と呼ばれた少女は一つ頷くと、またまた真剣な顔つきで鍋と格闘し始める。

 その少女を霊夢と呼ぶのは、こちらもまた黒く長い髪を持った女性であった。
 霊夢に大人の魅力を足した様な顔つきではあるものの、肌は身につけた襦袢の様に白く、顔色も決して健康的とは表し難い。
 しかし、布団に長座の姿勢で霊夢の「お料理」を見つめるその女性の目つきは非常に柔らかく、霊夢の言葉一つ一つに答えては、頬を優しく緩めていた。

「まずははくさい」

 霊夢はどこからか持ち出した大幣を包丁に見立て、白菜のある体で刃を落としていく。
 短冊切りにも見紛う程の包丁捌きを見せた霊夢は、慣れた手つきで白菜を鍋の中に入れた。

「つぎはおとうふ」

 此処でもまた霊夢は、片手を開きつつ上に向けその上から大幣の包丁を入れるというあまりにもらしい切り方をするものだから、霊夢を見ていた女性は慎ましく吹き出した。

 そして椎茸、春菊、えのきに長ねぎと続き、切り入れた所で、彼女はふと疑問を抱く。

「ねぇ霊夢、お肉はないの?」

 すると霊夢は大袈裟に驚く素振りを見せ、右手を頬に当てた。

「あらいけない、おにくをかいわすれてしまったわ」

 子供というのは、本当に親の姿よく見て育つものである。
 霊夢のそのどことなく大人びた喋り方、もとい振る舞い方にどこか既視感、いや、身に覚えのあった彼女は、苦ったるい笑みを浮かべた。

「おにくのかわりは、あつあげにしましょう」

 中々通好みな鍋ではあるが、当の料理長が満足げであったのだから何も言うことはない。



 全て鍋の中に投入した霊夢は再び、お玉片手に鍋を煮詰めていく。

「えいようまんてんですからね」

 霊夢は女性の方に顔を向けると、いつか二人で見た夏の向日葵を彷彿とさせるような笑顔を咲かせた。

「はやくげんきにならなきゃだめよ」

 霊夢によって盛り付けられたのであろう空の器を受け取った女性は、その器に口を付けた。
 そして一言、美味しいわと褒め称えれば、霊夢の顔は更に明るく、幼い笑顔を見せるのであった。






「本当ね。早く元気にならなきゃ」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 博麗神社の裏庭に、迫る一つの黒、いや、白黒の影。
 そこらの鳥をも追い抜く速度で姿を大きくしてきたと思えば、目的地はまさしく神社裏庭の様で、庭の真上をくるりと旋回したのち、僅かな土埃を巻き上げながら着陸した。

 跨がった箒から降りると共に風圧でずれた魔女帽を脱ぐと、明るく滑らかな金髪がふわりと広がった。

「邪魔するぜー」

 その男勝りな口調とは裏腹に、魔理沙は箒の穂先についた土埃を手で払ってから縁側へと逆さに立て掛け、その近くに脱いだ靴を揃える礼儀の良さをちらりと見せた。
 しかしそれまた裏腹に、意気揚々と床を鳴らして境内へと上がっていくものだから、乙女心は奥が深い。

「おーい」

 茶の間の障子を開いてみても、霊夢の姿は見当たらない。
 簡素ながらも若干の生活感が伺える部屋の有様を確認したあと、魔理沙は小ぶりな唇をつんと尖らせた。
 表の鳥居近くで掃き掃除でもしているのかとも思ったものの、いくら箒の上であってもとあの目立つ紅白衣装を見逃す訳は無いであろうし、置かれたままのリボンがその可能性を否定していた。

 もしかしてまだ寝てるのか。そう呟きながら茶の間から出ようとする魔理沙の背中に飛んできたのは、聞き慣れた声。
 どうやら隣の台所からの様であった。

 改めて台所に歩を進めると、紅白の巫女服を身につけた霊夢が背中を向けて立っていた。
 白い湯気を前に立つ巫女の姿に、魔理沙は何故か懐かしさを覚えつつも、慣れた顔つきで口を開いた。

「不用心な奴め」
「盗まれる様な物なんて無いもの」
「神社で盗みを働く間抜けはいないがな」
「私の後ろに居るじゃない」

 魔理沙はけらけらと笑いながら、霊夢の脇腹を肘で小突く。霊夢も火に向きながらも口元を少しだけ緩めた。
 そのまま脇腹をくすぐってやろうかとも考えた魔理沙であったが、仕返しとばかりに湯気の発生源をぶっ掛けられそうなのでやめておいた。



「鍋か」

 一つ頷き神妙な顔付きになったと思えば、お玉で汁を掬って味を見る霊夢。
 むずむずと唇を擦り合せる彼女の横から顔を覗かせる魔理沙は、鍋の中をなめ回す様に視線を動かしたのち、眉をしかめた。

「野菜ばっかりだな」
「そうね」

「肉はないのな」
「買えない訳じゃないのよ」

「豆腐と厚揚げが被って」
「だってそう書いてあるんだもの」

 霊夢は台所脇に開き置かれていたくすんだ白色の日記帳を顎で示した。

「寝室の押し入れで見つけたのよ」
「なんで寝室なんかに」
「さあ」

 魔理沙が目を通してみれば、白菜、豆腐、しいたけ、春菊云々。まさに目の前で湯気立つ鍋のレシピが載っていた。
 そこにはいかにこの鍋が素晴らしく、代々の巫女に様々な効能をもたらしてくれたという旨の書き込みが、細くも整った文字で為されていた。

「……古より博麗に伝わる伝統料理?」

 文字を読み上げる魔理沙の声には、疑念の色が隠し切れていない。
 もとより、隠すつもりもないのであろうが。

「随分なんと言うか、その」
「庶民的?」

 霊夢がにたりとした笑みを浮かべながら吐き捨てると、魔理沙も苦ったるい笑みを浮かべてそれを肯定した。

「これが代々伝わる料理って言うんだから、おかしな話よね」
「らしいじゃないか」
「いくらなんでも、滋養増強だの栄養満点だのって持ち上げすぎじゃない?」
「らしくて良いじゃないか。それも含め」
「それは褒め言葉なのかしら」

 霊夢はそう言うと、再びお玉で汁を掬い、今度は魔理沙の口元までそれを運んだ。
 霊夢が妙に無表情なものだから、どことなく不安に感じざるを得ない魔理沙であったが、お玉に掬われた好意を避ける訳にもいかず、成すがままにそれを啜った。



「うん」

「でしょう」



 短いやり取りを終えた二人はまた、鍋の中でくつくつと揺れる具材を見つめながら。



「嫌いじゃないな」

「私もそう思う」



 白い湯気と出汁の香りに頬を緩ませては、他愛のない会話に花を咲かせた。



「仕方ない。皿運びでも手伝うか」
「あら。食べていくつもり?」
「味見させといてそれはないだろ。それにその量を一人で食おうもんなら色んな意味で冥界行きだ」
「気に入ってくれてなによりだわ」



 かちゃかちゃと器を重ねて運ぶ魔理沙の背中に、霊夢は声を掛ける。

「そっちで待ってて良いわよ」



 少しだけ背伸びをしながら、ゆっくりと。

「もうすぐ出来るからね」






 食事も終わり、魔法使いが緑茶を啜る午後。
 茶卓の上には、身軽になった白い土鍋。
 何故だか霊夢には、その鍋がどこか得意げな顔でこちらを見つめているように思えて仕方がなかった。